三菱自動車と同社のモータースポーツ統括会社MMSPは、2005年1月1日(土)にスペイン第2の都市バルセロナからスタートし、1月16日(日)にセネガルの首都ダカールにゴールする2005年のダカールラリー(正式名称テレフォニカダカール2005/通称パリダカ)にチーム『三菱自動車レプソルATSスタジオ』から「パジェロエボリューション」4台とピックアップ「L200」1台の5台体制で参戦し、パリダカ史上初となる同一チームによる5連覇と通算10勝を目指す。
出場ドライバーは2002年〜2003年大会で2年連続総合優勝し、先日(2004年10月10日〜15日)開催されたFIAクロスカントリーラリーワールドカップ第7戦「UAEデザートチャンレンジ2004」でも総合優勝した増岡浩、パリダカ二輪部門で過去6度の総合優勝を誇り、2004年大会の四輪部門で初の総合優勝を飾ったステファン・ペテランセルの両エース。あらたにフランス人の元アルペンスキーチャンピオンのリュック・アルファンと2004年のパリダカ二輪部門で総合優勝を飾ったスペインの英雄ホアン・ナニ・ロマの4人が『パジェロエボリューション』をドライブする。強力なドライバー陣を支えるコ・ドライバーはアンドレアス・シュルツ(増岡車)、ジャン-ポール・コトレ(ペテランセル車)、ジル・ピカール(アルファン車)と新たにチームに加わったアンリ・マーニュ(ロマ車)がつとめる。
そして2004年大会に『パジェロ』で参戦し、女性最上位となる総合5位を獲得したアンドレア・マイヤーがジャン-ミッシェル・ポラトをコ・ドライバーにピックアップトラック『L200』で参戦し、クイックアシスタンスを勤める。
5連覇通算10勝に向けた強力なドライバーラインナップ
増岡は「パリダカに向けて、去る10月に開催された前哨戦『UAEデザートチャンレンジ』で優勝することを目指していたのですが、6度目の挑戦で初優勝することが出来ました。前回のダカールラリー以降、いろいろな意味で静寂の1年を過ごしてきましたので、UAEでの優勝を契機にパリダカに向けて、気力・体力とも充分な状態で臨めそうです。また新型車のテストをモロッコで実施したのですが、素晴らしいクルマに仕上がっており、個人通算3度目となるパリダカ制覇も確実に狙えるでしょう」と心強く語った。
パリダカ二輪部門で6度優勝し、前大会で四輪部門初制覇を達成したペテランセルも「前回のパリダカが終了してから、我々は数多くのテストをこなしてきました。チュニジアラリーとモロッコラリーでは前回(2004年)のパリダカ仕様車で優勝することが出来ましたが、10月に開催されたUAEデザートチャンレンジでテストした新型のパジェロエボリューションは更に大幅に性能が向上しています。砂丘や高速コーナーでの安定性が格段に向上しており、トルクも厚くなっています。今回のパリダカでも極めて競争力の高いマシンとなるでしょう」と満足したように語った。
チームに新たに加わるホアン・"ナニ"・ロマは2004年パリダカ二輪部門にKTMのワークスチームから参戦し初優勝を飾ったライダーだが、四輪部門での挑戦は初となる。三菱自動車チームが9月にモロッコで実施したテストで初めてパジェロエボリューションのステアリングを握り、10月もUAEデザートチャレンジ終了後にテスト走行を実施。またパリダカ本番を前に可能な限り四輪車による走行経験を積むべく11月下旬に開催された「カタールバハ」にパジェロで参戦し、総合2位を獲得した。なおロマは「カタールバハ」、2005年パリダカともに、昨シーズンのFIAクロスカントリーラリーワールドカップと今シーズンのFIAヨーロピアンバハカップの年間タイトルを獲得した名コ・ドライバー、アンリ・マーニュと組んでの参戦である。ロマは「三菱自動車チームからパリダカ(四輪部門)に参戦出来ることを非常に嬉しく思っています。オートバイから四輪車に転向して素晴らしい成績を上げているペテランセルやマイヤー同様、四輪部門でも活躍をして、三菱自動車に良い結果をもたらしたい」と意気込みを語った。
ロマ同様、今大会から三菱自動車チームに加わるリュック・アルファンは、スキー滑降の元世界チャンピオンとして著名だが、昨年のパリダカではアンリ・マーニュをナビゲーターにディーゼルエンジン搭載車初となるSS(競技区間)トップタイムを打ち出すなどの活躍をみせ、総合4位でゴール。また昨シーズンはバハスペインとバハドイツで優勝するなどクロスカントリーラリーでも屈指の実力派のドライバーである。「私は三菱自動車チームの一員になれたことを誇りに思います。これまで三菱車はパリダカをはじめ、クロスカントリーラリーでのライバルでしたが、今回の大会では三菱車のステアリングを任されたので先頭集団を形成する1人になれると確信しています」と抱負を述べた。
ドイツ人女性ドライバーのアンドレア・マイヤーは2003年に三菱自動車チームに参入し、前回(2004年)のパリダカでは「パジェロ」で総合5位に入賞、今回のパリダカにはピックアップトラック「L200」で参戦する。またマイヤーのコ・ドライバーをつとめるジャン-ミッシェル・ポラトは2001年のパリダカに三菱自動車スペインチームのカルロス・スーザのコ・ドライバーとして参戦したほか、2003年のチュニジアラリーとモロッコラリーにプライベーターチームのコ・ドライバーとしてパジェロで参戦している。
マイヤーは「この1年は非常に学ぶことの多い1年でした。UAEデザートチャレンジでは一時総合5位につけることが出来ましたし、シーズンを通じてチームとともに仕事をしてきました。今回参戦するピックアップトラック「L200」も競争力の高い車両なので、パリダカでも上位入賞を目指していきます。またチームのクイックサポートという重要な役割を担っていますので、何よりもしっかりサポートします。」
チームディレクターのドミニク・セリエスは「我々はパジェロエボリューションが技術的にもまた競争力においても最先端にあり続けるべく、絶え間なく努力してきました。そして経験と速さが調和した素晴らしいチームを築くことが出来ました。我々は5連覇と通算10勝という大きな目標を達成できると確信しています。」と誇らしげに語った。
三菱自動車のモータースポーツ統括会社MMSP GmbH.社長の鳥居勲は「10月のUAEデザートチャンレンジでチームメンバーそれぞれのプロとしての働きに深い感銘を受けました。彼らであれば、我々の求める成果を上げてくれると確信しています。そしてパリダカに赴く彼ら全てにそれぞれの成功を掴むことを願っております」と語った。
今回のパリダカはグラナダからスタートした1995年、1996年と1999年大会に次いで、スペインが4度目のホスト国となる。2005年大会では、1987年大会と1989年大会でラリーコースに組み込まれたスペイン第2の都市、バルセロナがスタート地となる。
年末の12月28日と29日に車検と書類申請が行われ、12月31日にプロローグラン、そして迎える2005年元旦にバルセロナ市内のエスパーナ広場からスタートし、途中2つのスペシャルステージ(競技区間)を経てグラナダへと向かう。
16日間の競技を通じて、参加者はモロッコからモーリタニアの砂漠を進み休息日までにアタールへ向かう。そしてアタールからマリを通過して再びモーリタニアの乾いた大地を進み1月16日にセネガルの首都ダカール近郊のラックローズにゴールする。
チーム「三菱自動車 レプソルATSスタジオ」ドライバー/コ・ドライバーリスト
| |
ステファン・ペテランセル(仏)/ジャン-ポール・コトレ(仏) |
パジェロエボリューション |
| 増岡浩(日)/アンドレアス・シュルツ(独) |
パジェロエボリューション |
| リュック・アルファン(仏)/ジル・ピカール(仏) |
パジェロエボリューション |
| ホアン・ナニ・ロマ(西)/アンリ・マーニュ(仏) |
パジェロエボリューション |
| アンドレア・マイヤー(独)/ジャン-ミッシェル・ポラト(仏) |
L200(ピックアップトラック) |
2005年パリダカ参戦車両『パジェロエボリューション(MRR11)』について
三菱自動車は、2005年1月1日にスペインのバルセロナをスタートする2005年パリダカ(正式名称:テレフォニカダカール2005)に向けて、新型『パジェロエボリューション(MPR11)』を開発した。
新型『パジェロエボリューション(MPR11)』は、2004年7月と9月の2度に渡るモロッコテストの結果を踏まえて、従来のパジェロエボリューション(MPR10)をさらに進化させ、フェイスリフトした新型車である。新型パジェロエボリューション(MPR11)も従来車同様、2002年に発効したスーパープロダクションカー・レギュレーションに基づいて開発・製作されており、全幅2,000mm以下、サスペンション・トラベル250mm以下という同カテゴリー・レギュレーションに準拠している。
三菱自動車は、ステファン・ペテランセル/ジャン-ポール・コトレ組のドライブにより新型パジェロエボリューション(MPR11)をUAEデザートチャレンジ2004で実戦投入し、デビュー戦を完走で飾り、2005年パリダカに向けて確かな手応えを掴んだ。またチームメイトで同ラリー総合優勝の増岡浩/アンドレアス・シュルツ組は従来型のパジェロエボリューション(MPR10)での参戦だったため、三菱自動車チームのエンジニアは新旧両マシンを効果的に比較することができ、現在は2005パリダカに向けて最後の調整作業を進めている。
新型パジェロエボリューション(MPR11)は、最高出力は従来車(MPR10)と同レベルながら、中低速域のトルクが向上している。またモロッコテストでは、さまざまなバリエーションのサスペンション・セットアップが試され、サスペンション自体も大幅に改良を施した。また重量配分を徹底的に見直し、低重心化も実現したため、新型パジェロエボリューションは、ハンドリング、コーナリング、ロードホールディングのすべてで従来車を上回っている。
2005年パリダカに向けて、着実な準備を進めている増岡浩は、新型パジェロエボリューションについて、「外観上は大きな差はありませんが、少しドライブするだけで、コーナーを一つ抜けるだけで違いがハッキリとわかります。ハンドリングが向上して、まるで乗用車をドライブしているようです。レスポンスも改善され、トルクも大幅に太くなっています。パリダカに向けて最強の車両に仕上がったと思います」と誇らしげに語っている。
2005ダカールラリー参戦車 パジェロエボリューション(MPR11)主要諸元
| 車両コード |
MPR11 |
| 全長 |
4222mm |
| 全幅 |
1978mm |
| ホイールベース |
2775mm |
| フロントトレッド |
1750mm |
| リアトレッド |
1736mm |
| |
| エンジン |
V6 DOHC 24バルブ MIVEC(ドライサンプ式オイルシステム付) |
| 燃料噴射装置 |
ECIマルチ |
| 排気量 |
3.997L |
| 最高出力 |
270PS/5500rpm |
| |
| 変速機 |
6速-リカルド製シーケンシャルマニュアル |
| 4WDシステム |
フルタイム4WD 機械式センターデフロック |
| フロントデフ |
Xトラック製 セルフロッキングデフ |
| リアデフ |
Xトラック製 セルフロッキングデフ |
| |
| サスペンション |
フロント |
独立懸架/ダブルウィシュボーン式コイルスプリング |
| リヤ |
独立懸架/ダブルウィシュボーン式コイルスプリング |
| ショックアブソーバー |
減衰力調整式ダンパー+油圧式アンチロールバーシステム |
| ステアリング形式 |
ラック&ピニオン(パワーステアリング) |
| ホイールストローク(前/後) |
250mm/250mm |
| ブレーキ形式 |
ベンチレーテッドディスク(ブレンボ製6POTキャリパー&ローター) |
| ホイール |
7×16インチ マグネシウムホイール |
| タイヤ |
235/85-16(BF Goodrich製) |
| 車両重量 |
1825kg |
| |
| その他特徴 |
スチール製マルチチューブラーフレーム付モノコックボディ+
ハニカム材フロア、一部カーボンボディー |
| タンク容量 |
500L |
2005ダカールラリー参戦車 ピックアップトラック『L200』主要諸元
| 全長 |
4220mm |
| 全幅 |
1978mm |
| ホイールベース |
2700mm |
| フロントトレッド |
1750mm |
| リアトレッド |
1736mm |
| |
| エンジン |
V6 DOHC 24バルブ MIVEC(ウェットサンプ式オイルシステム付) |
| 燃料噴射装置 |
ECIマルチ |
| 排気量 |
3.997L |
| 最高出力 |
270PS/5500rpm |
| |
| 主変速機形式 |
Xトラック製 6速マニュアルミッション |
| 駆動方式 |
フルタイム4WD 機械式センターデフロック |
| フロントデフ |
セルフロッキングデフ |
| リアデフ |
Xトラック製 セルフロッキングデフ |
| |
| サスペンション |
フロント |
独立懸架/ダブルウィシュボーン式コイルスプリング |
| リヤ |
独立懸架/ダブルウィシュボーン式コイルスプリング |
| ショックアブソーバー |
減衰力調整式ダンパー |
| ステアリング形式 |
ラック&ピニオン(パワーステアリング) |
| ホイールストローク(前/後) |
250mm/250mm |
| ブレーキ形式 |
ベンチレーテッドディスク(ブレンボ製6POTキャリパー&ローター) |
| ホイール |
7×16インチ マグネシウムホイール |
| タイヤ |
235/85-16(BF Goodrich製) |
| 車両重量 |
1825kg |
| |
| その他特徴 |
スチール製マルチチューブラーフレーム |
| タンク容量 |
480L |
2005年パリダカ ドライバープロフィール - 増岡 浩
- 2002年〜2003年パリダカ2連覇、UAEデザートチャレンジ2004総合優勝
- 1987年からパリダカ挑戦を続ける日本の英雄
「パリダカに向けて、去る10月に開催された前哨戦「UAEデザートチャンレンジ」で優勝することを目指していたのですが、6度目の挑戦で初優勝することが出来ました。前回のダカールラリー以降、いろいろな意味で静寂の1年を過ごしてきましたので、UAEでの優勝を契機にパリダカに向けて、気力・体力とも充分な状態で臨めそうです。また新型車のテストをモロッコで実施したのですが、素晴らしいクルマに仕上がっており、個人通算3度目となるパリダカ制覇も確実に狙えるでしょう」
- 主な戦績:
-
| 1987: |
パリダカ総合29位 |
| 1990: |
パリダカ総合10位(T2クラス優勝) |
| 1992: |
パリダカ総合20位 |
| 1994: |
パリダカ総合4位 |
| 1995: |
パリダカ総合10位 |
| 1996: |
パリダカ総合6位 |
| 1997: |
パリダカ総合4位 |
| 1998: |
パリダカ総合4位 |
| 1999: |
パリダカ総合6位 |
| 2000: |
パリダカ総合6位 |
| 2001: |
パリダカ総合2位 |
| 2002: |
パリダカ総合1位
モロッコラリー総合2位 |
| 2003: |
パリダカ総合1位
イタリアンバハ総合1位 |
| 2004: |
パリダカ総合2位
UAEデザートチャレンジ総合1位 |
増岡浩は1960年3月、埼玉県生まれで、現在も埼玉県入間市に在住。1979年に日本国内のオフロードレースに参戦を始め、パリダカには1987年から参戦。1990年にT2クラス優勝(総合10位)を獲得し、4年後の1994年には総合4位に入賞。1995年から2000年もずっとトップ10圏内で完走しており、1997年と1998年に総合4位に入賞している。
2001年の大会では直前までトップを快走するが走行妨害を受け、アクシデントによりタイムロスをし、惜しくも総合2位となるが、翌2002年には悲願の初優勝を飾っている。続く2003年には日本人初となるパリダカ2連覇を達成し、イタリアンバハでも総合優勝を飾った。2004年のパリダカではペテランセルに次ぐ総合2位でゴールしている。
その後静寂の1年を過ごすがパリダカ前哨戦のUAEデザートチャレンジで6度目の挑戦で初の総合優勝を飾り、心身ともに万全の状態でパリダカに臨む。
2005年パリダカ コ・ドライバープロフィール - アンドレアス・シュルツ
- 2001年〜2002年パリダカ2連覇のコ・ドライバー(ナビゲーター)
- 1994年に増岡浩のナビゲーターとしてパリダカ初参戦
- 主な戦績:
-
| 1994: |
パリダカ総合4位(増岡浩) |
| 1995: |
パリダカ総合10位 |
| 1996: |
パリダカ総合6位
UAEデザートチャンレンジ総合4位 |
| 1997: |
パリダカ総合4位 |
| 1998: |
パリダカ総合4位 |
| 1999: |
パリダカ総合6位 |
| 2000: |
パリダカ総合6位
UAEデザートチャレンジ総合6位(ユタ・クラインシュミット) |
| 2001: |
パリダカ総合1位 |
| 2002: |
パリダカ総合2位(カリファ・アル-ムタウェイ)、モロッコラリー総合2位(増岡浩) |
| 2003: |
パリダカ総合1位、チュニジアラリー総合5位(アンドレア・マイヤー)、
モロッコラリー総合16位、ドイツバハ総合2位、UAEデザートチャレンジ総合5位 |
| 2004: |
パリダカ総合5位、モロッコラリー総合10位
UAEデザートチャレンジ総合1位(増岡浩) |
アンドレアス・シュルツは1955年3月ドイツのミュンヘン生まれ、現在はミュンヘンとアラブ首長国連邦(UAE)に住居を構える。三菱自動車チームではベテランメンバーの1人で、数多くのクロスカントリーラリーでメカニックとして活躍した後、コ・ドライバーに転向した。
1980年代にオペルのWRCチームと三菱自動車のパリダカチームでメカニックとして活躍した後、1994年のパリダカに増岡浩と組んで初参戦で総合4位を獲得。その後も増岡とのコンビでトップ10圏内での完走を続けた。
2000年のUAEデザートチャレンジからユタ・クラインシュミットと組み、2001年パリダカでの女性初の総合優勝を支える名脇役としてシュルツ自身も初の総合優勝が勝ち取った。
2002年のパリダカでもクラインシュミットと組み、総合2位を獲得し、2003年のパリダカでは再び増岡浩と組んで増岡の2連覇を支えるとともにシュルツ自身も2度目の総合優勝を味わう。その後アンドレア・マイヤーと組み、2004年大会ではクイックサポートとして活躍しながらマイヤーを総合5位に導く。
2004年10月に開催されたUAEデザートチャレンジで三度増岡とコンビを組み、総合優勝を飾り、2005年のパリダカでは増岡とともに三菱自動車の5連覇と通算10勝、そして増岡・シュルツそれぞれ3度目の栄冠を目指して走りだす。
2005年パリダカ ドライバープロフィール - ステファン・ペテランセル
- パリダカ二輪部門最多の6回の総合優勝(1991、'92、'93、'95、'97 & '98)を誇る
- 2004年パリダカ総合優勝(史上2人目の二輪&四輪両部門制覇)、モロッコラリー総合優勝
「前回のパリダカ終了から、我々は数多くのテストをこなしてきました。チュニジアラリーとモロッコラリーでは前回(2004年)のパリダカ仕様車で優勝することが出来ましたが、10月に開催されたUAEデザートチャンレンジでテストした新型パジェロエボリューションは大幅に性能が向上しています。砂丘や高速コーナーでの安定性が格段に向上しおり、トルクも厚くなっています。今回のパリダカでもパジェロエボリューションは極めて競争力の高いマシンとなるでしょう」
- 主な戦績:
-
| 1991: |
パリダカ二輪部門総合1位 |
| 1992: |
パリダカ二輪部門総合1位 |
| 1993: |
パリダカ二輪部門総合1位 |
| 1995: |
パリダカ二輪部門総合1位 |
| 1996: |
UAEデザートチャレンジ二輪部門総合1位 |
| 1997: |
パリダカ二輪部門総合1位、UAEデザートチャレンジ二輪部門総合4位 |
| 1998: |
パリダカ二輪部門総合1位、シャモニー24時間(二輪)総合1位 |
| 1999: |
パリダカ総合7位(日産車) |
| 2000: |
パリダカ総合2位(メガバギー) |
| 2001: |
パリダカ総合12位(T1クラス優勝/日産車) |
| 2002: |
チュニジアラリー総合1位(三菱自動車)、UAEデザートチャレンジ総合1位 |
| 2003: |
パリダカ総合3位、イタリアンバハ総合2位、UAEデザートチャレンジ総合1位 |
| 2004: |
パリダカ総合1位、チュニジアラリー総合1位、モロッコラリー総合1位、
UAEデザートチャレンジ総合8位 |
ステファン・ペテランセルは1965年8月フランス生まれ、現在はスイスのクラン モンタナに在住。15年に及ぶパリダカへの挑戦で二輪・四輪両部門で合計7回の総合優勝とクラス優勝(T1クラス)1回を誇る最も成功した人物である。
1980年に二輪のイベントでデビュー、1999年のパリダカで四輪部門に転向し、2002年から三菱自動車チームに参加しチュニジアラリーとUAEデザートチャレンジで総合優勝。2003年のパリダカではゴール前日までトップで走行を続けるが、クラッシュでタイムロスをして総合3位で終える。
2004年はペテランセルの最良の年で初のパリダカで四輪部門総合優勝を飾り、ユベール・オリオールに次ぐ史上2人目の二輪・四輪両部門制覇を成し遂げた。その後もチュニジアラリーとモロッコラリーで総合優勝を飾り、UAEデザートチャレンジは総合8位でフィニッシュしている。
2005年パリダカ コ・ドライバープロフィール - ジャン-ポール・コトレ
- 2004年パリダカ総合優勝を支えたコ・ドライバー
- パリダカで4度表彰台を経験
- 2004年チュニジアラリー、モロッコラリー総合優勝のコ・ドライバー
- 主な戦績:
-
| 1984〜1992: |
サービスクルー(メカニック)としてクロスカントリーラリーに参画 |
| 1992: |
チュニジアラリー総合9位 |
| 1993: |
バハスペイン総合9位 |
| 1994: |
パリダカ総合3位、FIAクロスカントリーラリーワールドカップ T2クラスタイトル |
| 1995: |
チュニジアラリー総合6位(T1優勝)、ハポルトガル総合3位(T2優勝) |
| 1996: |
オーストラリアンサファリ総合3位(T1優勝)、マスターラリー5位(T2優勝) |
| 1997: |
モロッコラリー総合3位(T2優勝)、オーストラリアンサファリ総合3位(T1優勝) |
| 1998: |
バハポルトガル総合1位 |
| 1999: |
エジプトラリー総合1位 |
| 2000: |
パリダカ総合2位、モロッコラリー総合5位、
マスターラリー総合4位(ディーゼル1位)、UAEデザートチャレンジ総合8位 |
| 2001: |
パリダカ総合12位(T1優勝)、イタリアンアバハ総合2位(ディーゼル優勝) |
| 2002: |
チュニジアラリー総合1位、UAEデザートチャレンジ総合1位 |
| 2003: |
パリダカ総合3位、イタリアンバハ総合2位、UAEデザートチャレンジ総合1位 |
| 2004: |
パリダカ総合1位、チュニジアラリー総合1位、モロッコラリー総合1位、
UAEデザートチャレンジ総合8位 |
ジャン-ポール・コトレは1963年6月フランス生まれ、フランスのオクセール近郊に在住。1984年から1992年までクロスカントリーラリーのサービスクルーとして活躍した後、コ・ドライバーに転向した。
1992年のチュニジアラリーに初参戦し、総合9位で完走。翌93年のバハスペインでも総合9位。1994年のパリダカで総合3位。その後もトップクラスの成績を数々収め、2000年のパリダカでペテランセルと組んで総合2位を獲得。
三菱自動車チーム移籍後もペテランセルとのコンビでチュニジア、UAE、モロッコで勝ち続け、2004年パリダカで念願の総合優勝を獲得している。
2005年パリダカ ドライバープロフィール - リュック・アルファン
- 元スキーダウンヒル世界チャンピオン
- 2003年バハスペイン、バハドイツ総合優勝、 2004年パリダカ総合4位(ディーゼルクラス1位)
「私は三菱自動車チームの一員になれたことを誇り思います。これまで三菱車はパリダカをはじめ、クロスカントリーラリーで苦戦してきたライバルでしたが、今回の大会では三菱車のステアリングを任されたるで先頭集団を形成する1人になれると確信しています」
- 主な戦績:
-
| 1983: |
世界ジュニア選手権スキー ダウンヒルチャンピオン |
| 1994: |
リレハンメル冬季オリンピック スキーダウンヒル、スーパーG7位 |
| 1995: |
スキーダウンヒル、世界ランキング1位 |
| 1996: |
スキー世界選手権銅メダル
スキーダウンヒル、世界ランキング1位 |
| 1994/1997: |
フランス・ナショナルスキーチームメンバー |
| 1997: |
アルペンスキー ワールドカップ年間タイトル獲得
スキーダウンヒル、スーパーG、世界ランキング1位 |
| 1998: |
スキーUSプロツアー(ダウンヒル)優勝 |
| 1998: |
パリダカ初参戦 |
| 1999: |
スキーUSプロツアー(ダウンヒル)優勝
パリダカT1クラス優勝 |
| 2002: |
パリダカ総合7位(T1ディーゼルクラス優勝/三菱パジェロ)
ル・マン24時間レース参戦(ポルシェ) |
| 2003: |
パリダカ総合9位(プロトディーゼルクラス優勝/BMW X5)
バハスペイン、バハドイツ総合優勝
ル・マン24時間レース参戦 |
| 2004: |
パリダカ総合4位(ディーゼル車初のSSトップタイム獲得/BMW)
ル・マン24時間レース総合16位(ポルシェ GT3RS) |
リュック・アルファンは1965年フランス生まれ、現在はセール-シュヴァリエに在住。1980年代〜90年代を通じて活躍した世界的なスキーのダウンヒルの選手でワールドカップ12勝を誇る。スキーのUSプロツアーでも2度の優勝を経験している世界No1のスキーヤー"リュック"が四輪車で競われるクロスカントリーラリーに転向したのは1998年。翌1999年には早くもT1クラス優勝を果たし、2002年には総合7位で完走しT1ディーゼルクラス優勝も果たしている。またル・マン24時間レースにも参戦するなどモータースポーツの世界でも"リュック"の名前は浸透しつつある。
2003年にはパリダカで総合9位、プロトディーゼルクラス優勝の活躍を見せ、ドイツとスペンで開催されたバハカップでは総合優勝を果たして位いる。2004年のパリダカではディーゼル車では初となるSS(競技区間)トップタイムを2度に渡ってだし、総合成績も4位と過去最上位で完走した。その後2004年夏に三菱自動車チームに移籍し、開発テストにも参加。チームの一員としてパジェロエボリューションで2005年のパリダカに臨む。
2005年パリダカ コ・ドライバープロフィール - ジル・ピカール
- 元ハスクバーナー、カジバ、ヤマハのワークスエンデューロライダー
- 1998年パリダカ総合優勝のコ・ドライバー
- 2003年、2004年パリダカ総合2位のコ・ドライバー
- 主な戦績:
-
| 1973: |
フランストライアル選手権、フランスエンデューロ選手権参戦 |
| 1973/1992: |
クロスカントリーラリー二輪部門に参戦
ハスクバーナーのワークスライダーを経て、ユベール・オリオールと共に
カジバワークス、ステファン・ペテランセルと共にヤマハのワークスで活躍 |
| 1993-1996: |
シトロエンチームでユベール・オリオール、アリ・バタネンのコ・ドライバー |
| 1998: |
UAEデザートチャレンジ総合1位(ジャン-ピエール・フォントネ)
パリダカ総合1位 |
| 1999: |
イタリアンバハ総合1位(篠塚建次郎) |
| 2000: |
パリダカ総合3位(ジャン-ピエール・フォントネ)、モロッコラリー総合3位、
ポーラスパンパスラリー総合3位、UAEデザートチャレンジ総合4位 |
| 2002: |
パリダカ総合4位、イタリアンバハ総合3位(篠塚建次郎)
UAEデザートチャレンジ総合2位(ジャン-ピエール・フォントネ) |
| 2003: |
パリダカ総合2位、イタリアンバハ総合1位(増岡浩) |
| 2004: |
パリダカ総合2位 |
ジル・ピカールは1955年3月フランス生まれ。1973年にオートバイのトライアルとエンデューロレースをはじめ、1992年までにイタリアの二輪メーカーハスクバーナーとカジバ、そして日本のヤマハのワークスライダーとして数多くのクロスカントリーラリーで活躍。
その後四輪部門のコ・ドライバーに転向し、シトロエンワークスチームでユベール・オリオールとアリ・バタネンとコンビを組んで活躍。そして1998年に三菱自動車チームに移籍してジャン-ピエール・フォントネとのペアでパリダカとUAEデザートチャレンジで総合優勝。
2000年にはパリダカとモロッコラリー、ポーラスパンパスラリーで総合3位を獲得、UAEデザートチャレンジでも4位に入賞している。2002年にもパリダカ総合4位、イタリアンバハ総合3位と活躍をし、2003年のパリダカでも総合2位とコンスタントに上位につける名コ・ドライバーである。
2003年パリダカ後、ジャン-ピエール・フォントネが引退したのを受け、同年のイタリアンバハには増岡浩とのペア参戦、総合優勝をし、翌2004年のパリダカでも増岡とのペアで総合2位に入賞している。なお、2005年のパリダカはリュック・アルファンとのペアで参戦する。
2005年パリダカ ドライバープロフィール - ホアン・ナニ・ロマ
- 2004年パリダカ二輪部門総合優勝
- 元ヨーロッパエンデューロ選手権チャンピオン(二輪)
「三菱自動車チームからパリダカ(四輪部門)に参戦出来ることを非常に嬉しく思っています。二輪から四輪車に転向して素晴らしい成績を上げているペテランセルやマイヤー同様、四輪部門でも活躍をして、三菱自動車に良い結果をもたらしたい」
- 主な戦績:
-
| 1991: |
スペインエンデューロ125ccジュニア選手権年間総合2位 |
| 1992: |
スペインエンデューロ125cc選手権参戦、ヨーロッパエンデューロ125cc選手権参戦 |
| 1993: |
スペインエンデューロ選手権年間総合4位 |
| 1994: |
ヨーロッパエンデューロ選手権チャンピオン |
| 1995: |
スペインエンデューロ選手権年間総合2位、バハアラゴンスペイン(二輪部門)総合優勝 |
| 1996: |
パリダカ(二輪部門)初参戦、スペインエンデューロ選手権(4T)総合3位
世界エンデューロ選手権(4T)総合2位 |
| 1997: |
バハアラゴンスペイン総合1位、スペインエンデューロ選手権チャンピオン |
| 1998: |
バハアラゴンスペイン総合1位、チュニジアラリー総合4位 |
| 1999: |
バハアラゴンスペイン総合1位、イタリアンバハ総合1位、 エジプトラリー総合2位
UAEデザートチャレンジ総合2位 |
| 2000: |
パリダカ総合17位、イタリアンバハ総合6位 |
| 2001: |
バハアラゴンスペイン2位 |
| 2002: |
チュニジアラリー総合1位、バハアラゴンスペイン総合1位 |
| 2004: |
パリダカ(二輪部門)総合1位、四輪に転向/バハカタール総合2位 |
ホアン・'ナニ'ロマは1972年スペイン生まれ、現在はフォルゲローレスに在住。1996年にパリダカ(二輪部門)初参戦、10度目の挑戦となる2005年の大会で四輪部門に転向、新たな挑戦を開始する。
1994年のヨーロッパエンデューロ選手権チャンピオンを獲得した他、パバアラゴンスペインをはじめ、数々のクロスカントリーラリーで総合優勝を誇る。しかしパリダカではなかなか勝つことが出来ず、2002年の大会ではゴール目前までトップで快走するもトラブルにより惜しくもリタイヤとなった。これまでに数多くのSSトップタイムを刻んだロマが初のパリダカ(二輪部門)総合優勝を飾ったのはレプソルKTMチームから参戦した2004年大会となった。
2004年10月に四輪部門に転向し、三菱自動車チーム入りし初挑戦となったバハ・カタールで総合2位を獲得している。
2005年パリダカ コ・ドライバープロフィール - アンリ・マーニュ
- 1997年、2000年パリダカ総合優勝のコ・ドライバー
- 2003年FIAクロスカントリーワールドカップチャンピオン獲得のコ・ドライバー
- 2004年FIAヨーロピアンバハカップチャンピオン獲得のコ・ドライバー
- 1982年からパリダカに挑戦するベテランコ・ドライバー
- 主な戦績:
-
| 1973: |
マニクールサーキットのレーシングスクール(F3)でモータースポーツをはじめる |
| 1982: |
パリダカ初参戦、総合21位(ディーゼルクラス2位) |
| 1985: |
パリダカトラック部門9位(総合75位/三菱チームのサポートトラックのコ・ドライバー) |
| 1988: |
パリダカ総合2位(篠塚建次郎) |
| 1997: |
パリダカ総合1位(篠塚建次郎) |
| 2000: |
パリダカ総合1位(ジャン-ルイ・シュレッサー/シュレッサーバギー) |
| 2002: |
イタリアンバハ総合1位、モロッコラリー1位、マスターズラリー総合1位 |
| 2003: |
パリダカ総合4位(カルロス・スーザ/三菱L200)、イタリアンバハ総合3位、
バハポルトガル総合1位、モロッコラリー総合2位、オリエントラリー総合1位、
ポーラスパンパスラリー総合2位 |
| 2004: |
パリダカ総合4位(リュック・アルファン)、バハポルトガル総合1位(カルロス・スーザ)
ラリー トゥー テランデル ペニーノ総合1位、モロッコラリー総合3位、
バハスペイン総合1位、 バハ アンタ ダ セラ500-ポルトガル総合2位 |
アンリ・マーニュは1953年フランス生まれで現在はアンドーラに在住。マーニュはマニクールサーキットのF3レーシングスクールからモータースポーツを開始し、1970年代にはフランス国内のモータースポーツで活躍。
パリダカには1982年に初参戦し総合21位(ディーゼルクラス2位)で完走。1985年には三菱ラリーアートチームのサポートトラックのコ・ドライバーとして参戦しカミオンクラス9位、総合75位で完走している。コ・ドライバーとしては1988年のパリダカに篠塚建次郎と組んで参戦し総合2位に入賞してから活躍している。
マーニュは篠塚建次郎とともに1997年のパリダカで初の総合優勝、2000年にはジャン-ルイス・シュレッサー(シュレッサーバギー)と2度目のパリダカ総合優勝している。また2003年にはカルロス・スーザと総合4位で完走し2004年はリュック・アルファンとともにBMW X5で総合4位に入賞している。
マーニュはスーザとともに2003年の FIAクロストカントリーワールドカップのタイトルと2004年のヨーロピアンバハカップの年間タイトルを獲得している。2004年のUAEデザートチャレンジではアンドレア・マイヤーと組んで参戦したが、2005年のパリダカにはホアン・ロマと参戦する。
2005年パリダカ ドライバープロフィール - アンドレア・マイヤー
- KTMとBMW(二輪)ワークスチームの耐久ラリーライダー
- 2004年パリダカ総合5位で完走
「この1年は非常に学ぶことの多い1年でした。UAEデザートチャレンジでは一時総合5位につけることが出来ましたし、シーズンを通じてチームとともに仕事をしてきました。今回参戦するピックアップトラック「L200」も競争力の高い車両なので、パリダカでも上位入賞を目指していきます。またチームのクイックサポートという重要な役割を担っていますので、何よりもしっかりサポートします。」
- 主な戦績:
-
| 1994-2002: |
二輪部門で活躍 |
| 1994: |
アトラスラリー女性最上位(二輪部門) |
| 1995: |
アトラスラリー女性最上位 |
| 1996: |
アトラスラリー、パリダカ、チュニジアラリー女性最上位 |
| 1997: |
チュニジアラリー、UAEデザートチャレンジ女性最上位 |
| 1998: |
UAEデザートチャレンジ女性最上位 |
| 1999: |
パリダカ女性最上位(総合32位)、チュニジアラリー女性最上位(総合21位)、
エジプトラリー女性最上位(総合7位) |
| 2001: |
パリダカ女性最上位(総合30位/BMW)、チュニジアラリー(総合19位)、
UAEデザートチャレンジ(総合6位) |
| 2002: |
パリダカ女性最上位(総合23位/KTM)
四輪部門に転向、バハドイツ総合2位、モロッコラリー総合17位(T2D5位)、
チュニジアラリー総合17位(クラス2位)、イタリアンバハ総合16位(クラス2位) |
| 2003: |
パリダカ総合21位(T2ディーゼル4位)、チュニジアラリー総合5位、
モロッコラリー総合16位、バハドイツ総合2位、UAEデザートチャレンジ総合5位 |
| 2004: |
パリダカ総合5位、モロッコラリー総合10位 |
アンドレア・マイヤーは1968年ドイツ生まれ、1989年からオートバイでの競技活動をはじめる。1994年のアトラスラリーでのレディスカップ優勝を皮切りに1995年、1996年と同ラリーのレディスカップ3連覇を達成する。1990年代中旬には女性のエンデューロライダーの第一人者となり2000年にはBMW(二輪)のワークスチームに参画する。
2002年シーズンの初めに四輪に転向し、ラリーアート・ドイツチームからパジェロでパリダカに参戦している。2003年シーズンはチュニジアラリーで総合5位、バハドイツで総合2位、UAEデザートチャレンジで総合5位と活躍をした。2004年のパリダカから三菱自動車のワークスチームの一員として加わった。2004年のパリダカではクイックサポートの役割を担いながら総合5位の好成績で完走を果たしている。2005年のパリダカでは昨年同様、チームのクイックサポートとしてピックアップトラックL200で参戦する。
2005年パリダカ コ・ドライバープロフィール - ジャン-ミッシェル・ポラト
- 2001年パリダカ総合5位のコ・ドライバー
- 2003年パリダカ総合10位のコ・ドライバー
- 主な戦績:
-
| 1991/1994: |
サポートトラックのメカニック |
| 1993/1994: |
カートでチャンピオン獲得 |
| 1994/1997: |
チュニジアラリー、モロッコラリーにプライベーターのコ・ドライバーとして参戦 |
| 2000: |
三菱自動車チームのサポートトラックのコ・ドライバー
チュニジアラリーとマスターラリーでピエール・ラルティーグのコ・ドライバー |
| 2001: |
パリダカ総合5位(カルロス・スーザ)
チュニジアラリー、モロッコラリー、バハスペイン、UAEデザートチャレンジに
コ・ドライバーとして参戦(ニコラス・ミスリン) |
| 2002: |
パリダカ総合10位、モロッコ、バハポルトガル、マスターズ、
シャルムロックラリーにコ・ドライバーとして参戦 |
| 2003: |
パリダカ、イタリアンバハ、チュニジアラリー(総合3位)、
バハポルトガル、モロッコラリー、シャムロックラリー(総合1位)に参戦 |
| 2004: |
パリダカにコ・ドライバーとして参戦 |
ジャン-ミッシェル・ポラトは1971年フランス生まれ、1989年から大学で自動車整備を学ぶ。1991年にフランスのプライベーターチーム「ル・クラーク」に入り、1997年までメカニックと板金塗装を担当するとともにラリー活動に従事。その後ポラトはフランスの自動車部品メーカーヴュルトゥに転職し、現在も同社に勤務する。一方でポラトのモータースポーツ活動は1991年から1994年までクロスカントリーラリーでサポートトラックのメカニック勤めた他、93年〜94年にはカートレースに参戦している。
ポラトはフランス人アマチュアドライバーのコ・ドライバーとしてモロッコラリーなどに参戦していたが、2000年にピエール・ラルティーグのコ・ドライバーを勤めたことで名を馳せ、2001年のパリダカではカルロス・スーザとコンビを組んで総合5位を獲得している。
その後ポラトはフランス人有力プライベーターのニコラス・ミスリンとコンビを組み2001年〜2003年のFIAクロスカントリーラリーワールドカップに参戦し、2002年のパリダカでは総合10位、2003年のチュニジアラリーでは総合3位の活躍をしている。
三菱自動車 パリダカにおける栄光の軌跡
三菱自動車のパリダカ(正式名称:テレフォニカダカール/通称パリダカ)への挑戦は1983年、アンドリュー・コーワンとコリン・マルキンがプライベーターとして参戦、総合11位、クラス優勝(マラソンクラス)を果たしたことから始まった。翌1984年の「パリ-アルジェリア-ダカールラリー」から三菱自動車はワークス参戦を開始し、アンドリュー・コーワンとコ・ドライバーのジョンストン・サイアーが総合3位(市販車改造部門優勝)チームメイトのリガルとフルテックが総合7位に入賞を果たしている。
1985年のパリダカで三菱自動車の栄光の軌跡が始まる。コーワン、パトリック・ザニロリとユベール・リガンの3台体制で臨んだ85年大会でパトリック・ザニロリの駆るパジェロが三菱自動車に初の総合優勝をもたらし、コーワンも総合2位に入賞した。
1986年には、パジェロ3台体制でエントリーした三菱自動車チームだが、コーワンとザニロリが9つのSSでトップタイムを刻むも後退し、総合順位では5位と7位に留まり、ユベール・リガルの総合3位が最上位となった。また、この年パリダカに初出場した日本のトップラリースト、篠塚建次郎は市販車無改造パジェロを駆り、初出場を完走で飾った。
1987年にはパリダカ2回目の参戦となる篠塚建次郎が、アリ・バタネン、ザニロリに次ぐ総合3位を獲得。コーワンが総合8位に入賞。プライベーター参戦のタイスターマンが総合12位で完走。
パリダカの人気は年を追うごとに高まり、1988年大会には総勢311台がエントリー、三菱自動車からはコーワン、篠塚とフランス人ドライバーのピエール・ラルティーグ、ベルナール・ベガンの3名がパジェロで参戦。篠塚がユハ・カンクネン(プジョー/フィンランド)に次ぐ総合2位に入賞、またプライベーター参戦をしたジャン-ピエール・フォントネが総合12位で完走している。
1989年は、アフリカの玄関がこれまでのアルジェ(アルジェリア)からチュニス(チュニジア)へと変わり、パリダカが初めてリビアの地を訪れた。三菱自動車勢は7台が参戦。ワークスチームはラルティーグ、コーワンの他、元F1ドライバーのパトリック・タンベイが参戦。他にジャン・ダ・シルバ、タイスターマン、篠塚とフォントネをラインナップに揃えた。タンベイが総合3位に入賞。タイスターマン、篠塚、フォントネ、ダ・シルバがTOP10に名前を連ねた。
1990年はリビアの砂漠を通過してダカールに至るコース。三菱自動車チームはコーワン、ラルティーグ、ザニロリ、篠塚に加え、フォントネにジャン-ルイ・シュレッサーが新たにチームに加わり6台体制での挑戦となった。プジョー勢が表彰台を独占したがコーワンが4位、篠塚が5位で完走し、プライベーター参戦の日本人若手ドライバー増岡浩も総合10位で完走した。
1991年にはラルティーグ、篠塚、フォントネに加え、フランス人ドライバーのフィリップ・バンベルグとスウェーデン人の当時現役WRCドライバー、ケネス・エリクソンが三菱自動車チームに加わった。
優勝を逃すもラルティーグが2位、フォントネ3位、エリクソン4位と上位4台中三菱自動車勢が3台を占めた。
1992年大会はパリダカ主催者TSOがルートを変更し、パリダカ史上唯一のケープタウンをゴールとするアフリカ縦断ラリーとなった。この大会で三菱自動車チームはフランス人ドライバーのユベール・オリオールが優勝。アーウィン・ウェーバーが総合2位、篠塚建次郎が総合3位と表彰台を独占、三菱自動車にとって過去最高の好成績を上げた。オリオールはパリダカ二輪四輪両部門初制覇となった。
1993年大会は5台体制となり、フランス人ドライバーのブルーノ・サビー、篠塚、ウェーバー、フォントネとサルバドール・セルビアが三菱自動車チームから参戦した。ブルーノ・サビーが現在三菱自動車チームの監督を勤めるドミニク・セリエスをナビゲーターに総合優勝を飾り、三菱自動車が連覇、通算3勝目を達成した。またウェーバーと篠塚も総合4位と5位に入る健闘を見せた。
1994年大会には、三菱自動車勢は篠塚、サビー、フォントネ、ウェーバーら4台のプロトタイプで3連勝に挑んだ。しかし「死の砂丘越え」で主催者のラリー運営に抗議、三菱自動車はプロト車をラリーから撤退させた。最終成績は市販車改造部門で参戦した増岡浩が同部門優勝、総合4位を果たした。
1995年大会も三菱自動車は7台体制で参戦。フランス人ドライバーのジャン-ピエール・ストルゴとドイツ人女性ドライバーのユタ・クラインシュミットが新たにチームに加わった。スペインのグラナダをスタートした同大会でサビーが総合2位、篠塚が総合3位、フォントネが総合4位に入賞した。
2年連続でグラナダスタートとなった1996年大会にはサビー、増岡、篠塚、フォントネの4台体制で参戦し、フォントネが総合3位、増岡が総合6位、サビーが7位で完走した。
1997年大会はダカールからスタートしてダカールにゴールするコースで競われた。三菱自動車は篠塚建次郎の総合優勝を筆頭にフォントネ、サビー、増岡と上位4台を占める完全勝利で通算4勝目を上げた。
1998年大会ではスタート地点が起源となる都市パリに戻り173台の参戦となった。サビー、篠塚、フォントネ、増岡に加え、フランス人の元スキー滑降の王者リュック・アルファンがチームに加わった。フォントネがチームに通算5勝目となる総合優勝をもたらし、篠塚、サビー、増岡が続き2年連続でトップ4を独占した。またこの年三菱自動車はFIAクロスカントリー・ラリー・ワールドカップでも初の年間タイトルを獲得している。
1999年大会では日産勢とシュレッサーバギーが三菱自動車チームの前に立ちはだかった。三菱勢は篠塚、フォントネ、ミゲール・プリエト、クラインシュミット、アルファン、増岡、ストルゴ、カルロス・スーザが名を連ねる過去最大の体制で臨み、17個所のSS(競技区間)中11のSSでトップタイムを刻むも総合成績ではシュレッサーバギーに惜敗し、プリエトが総合2位、クラインシュミットが総合3位、篠塚が総合4位で大会を終えた。尚、この年三菱自動車は2度目のFIAクロスカントリー・ラリー・ワールドカップの年間タイトルを獲得している。
2000年のミレミアムを飾る大会に、主催者のTSOはダカールからカイロに向かう難しいコース設定を組んだ。三菱自動車勢は篠塚、フォントネ、クラインシュミント、プリエトのワークスチームに、増岡、ブラジル人ドライバーのクレバー・コールベルグが加わった。三菱自動車勢は大半のSS(競技区間)でトップタイムを獲得するもリビアの砂丘でクラッシュし篠塚とカルロス・スーザがリタイヤとなり、フォントネの総合3位が最上位となった。一方、FIAクロスカントリーラリーワールドカップでは三菱自動車が3年連続の年間タイトルを獲得している。
2001年大会には、フォントネ、篠塚、クラインシュミット、増岡、スーザとプリエトが三菱自動車勢として参戦。ラリーは三菱、日産、シュレッサーバギーでの争いとなったが、セネガルまでトップを走った増岡が進路妨害によるタイムロスで遅れ、クラインシュミットが女性初となるパリダカの総合優勝を飾り、増岡が総合2位となった。またスーザが総合5位、フォントネが総合6位で完走した。尚、クラインシュミットの総合優勝により三菱自動車は通算6勝目をあげた。
2002年大会はフランス北部のアラスから競技が始まった。三菱自動車勢は、篠塚、増岡、クラインシュミット、フォントネ、スーザとアルファンが参戦。三菱自動車勢が15のSS(競技区間)中9つのSSでトップタイムを刻み、増岡の悲願の初優勝と三菱自動車の2連覇を達成。クラインシュミットが2位、篠塚が3位と続き、上位10台中9台を三菱勢が占めるという完全勝利で通算7勝目を獲得した。
2003年大会はマルセイユをスタートしエジプトのシャルムエルシェイクにゴールするコースで競われた。三菱自動車勢は増岡とペテランセルが2002年のUAEデザートチャレンジで初戦優勝を飾ったパジェロエボリューションで参戦、フォントネとミキ・ビアシオンがパジェロで参戦した。
ペテランセルが絶対的なリードを広げたがゴール前日にクラッシュし、増岡が2連覇。チームは3連覇で通算8勝目をあげた。なお、パジェロエボリューションはその後も改良が続けられ、10月のUAEデザートチャレンジで2連覇を達成。またポルトガルの三菱チームから参戦するカルロス・スーザがFIAクロスカントリー・ワールドカップの年間タイトルを獲得した。
フランス南部のクレモンフェランをスタートしダカール近郊のラックローズにゴールした2004年大会ではペテランセルがパリダカ四輪部門で初優勝を飾り1992年のユベール・オリオールに次ぐ史上2人目の二輪部門・四輪部門の両部門制覇を達成した。三菱自動車は4連覇、通算9度目の優勝と達成した。チームメイトの増岡も総合2位に入賞し、アンドレア・マイヤーもクイックサポートという役割を果たした上で総合5位に入賞した。
2005年1月1日にスペインのバルセロナをスタートし1月16日にダカールにゴールする2005年パリダカには、三菱自動車は史上初となる5連覇と通算10勝目に向けてチーム「三菱自動車レプソルATSスタジオ」から、ペテランセル、増岡に加えスペイン人のホアン・ナニ・ロマとフランス人のリュック・アルファンが更に改良されたパジェロエボリューションで、マイヤーがピックアップトラックL200で参戦する。
(レプソル:スペインの石油会社。ATSスタジオ:フランスの通信電話会社)