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DATE 2004年12月07日
三菱自動車 2005年FIA世界ラリー選手権(WRC)参戦体制について



『ランサーWRC05』(イメージスケッチ)
2005年FIA世界ラリー選手権参戦車


三菱自動車と同社のモータースポーツ統括会社MMSP GmbH.は、2005年FIA世界ラリー選手権(WRC)に、『ランサーWRC05』で参戦する。三菱自動車は、2004年からWRC活動再構築に向けた3ヵ年計画を推進しており、2年目となる2005年は『ランサーWRC05』の信頼性を向上させ、表彰台フィニッシュを目指していく。

2005年のWRC参戦にあたり、MMSP GmbH.社長の鳥居勲は「三菱自動車は2003年10月にWRC活動再構築に向けた3カ年計画を発表しました。この3ヵ年計画では、2004年に、まずWRCに復帰し、参戦車両の開発を進める。そして2005年には参戦車両の信頼性を高めて表彰台でのフィニッシュを目指し、2006年には、再び世界の頂点に立つことを目標としています。今のところ、計画は概ね順調に推移しており、2005年は優勝を狙えるポジションを目指していきます」と、語った。

強力なドライバーラインナップで2005年の全16戦を戦う

2005年の三菱自動車WRCチームのドライバーラインナップは、ハリ・ロバンペラ(フィンランド)、ジル・パニッツィ(フランス)、ジャン-ルイジ"ジジ"・ガリ(イタリア)の3名体制となる。コ・ドライバーはそれぞれリスト・ピエティライネン(フィンランド)、エルベ・パニッツィ(フランス)、グイド・ドゥアモーレ(イタリア)がつとめる。

2005年シーズンより新たにチームに加わるロバンペラは、あらゆる路面で経験豊富なドライバーであり、特に2004年シーズンのラリー・ジャパン以降のラリーを一時参戦休止した三菱自動車チームにとって、ロバンペラからのフィードバックは貴重な情報をもたらすものと期待している。鳥居勲は、ロバンペラとの契約の経緯を「世界ラリー選手権に占めるグラベルラリーの比率がますます高まっており、ロバンペラのようなグラベルでの経験豊富なドライバーが必要と考えていました。彼はグラベルをよく知るドライバーであり、特に高速グラベルを得意としています。彼をチームに迎え入れられることを嬉しく思うとともに、安定感もあり、確実にラリーを完走できる技量と頭脳の持ち主ですから、その意味でも頼りにしています」と、説明する。

一方、チームメイトのジル・パニッツィは、2004年シーズンを通して、常に献身的な姿勢で『ランサーWRC』のテストや開発プログラムに貢献してきた功労者であり、2005年シーズンはターマック(舗装路)ラリーを中心にレギュラードライバーを務める。三菱自動車ではターマックラリーで、彼が優勝候補のひとりとなることを期待している。「ジルは献身的にチームに貢献してくれました。開発プログラムにおいて彼の果たした役割は計り知れません。残念ながら2004年は優勝を狙えるマシンを用意することはできませんでしたが、2005年はパニッツィにターマックラリーで優勝候補のひとりになってもらえるでしょう。特にターマック戦に、多大な期待を寄せています」と鳥居は語った。

ジャン‐ルイジ"ジジ"・ガリは、プロダクションカー世界ラリー選手権(PWRC)やジュニア世界ラリー選手権(JWRC)で活躍を見せて、2004年シーズンから三菱自動車WRCチーム入りをしたドライバーである。2004年はWRカーのセカンドカーのステアリングを握る傍らグループN仕様のランサーエボリューションでも活躍。ラリー・イタリア(サルディニア)では、『ランサーエボリューション』で総合6位を勝ち取り、続くスペイン(カタルニア)ではWRカー『ランサーWRC04』で7位完走を果たした。実戦で自らの将来性を証明したガリとの契約は、三菱にとって半ば当然のことである。ガリはサードドライバーとして、一部のヨーロピアンラウンドで3台目(マニュファクチャラーズポイント対象外)の『ランサーWRC05』をドライブするが、場合によっては、セカンドカーの『ランサーWRC05』をドライブすることになる。鳥居はガリの継続起用について「2004年は3名の若手ドライバーにセカンドカーのドライバーとしてのチャンスを与えましたが、2005年に向け、その中から誰かひとりだけを選ぶのは容易な作業ではありませんでした。しかしラリー・イタリア(サルディニア)とラリー・スペイン(カタルニア)でのパフォーマンスを高く評価し、ガリを2005年WRCのドライバーラインナップにとどめる決断を下しました」と語った。

2005年FIA世界ラリー選手権参戦車両『ランサーWRC05』の開発状況について

2005年のWRCシーズンの開幕に向け、三菱自動車とMMSPは、『ランサーWRC05』の開発も積極的に取り組んでおり、大幅に改良を加えた2005年のWRC参戦車「ランサーWRC05」は、2005年1月21日(金)〜1月23日(日)までフレンチ・アルプスを舞台に開催される第1戦「モンテカルロラリー」より参戦する。

世界ラリー選手権をはじめ、国際格式のモータースポーツを統括する国際自動車連盟(FIA)は、2005年シーズンに向けてWRCのレギュレーションを改訂した。三菱自動車では、これを機会に『ランサーWRC』を広範囲に渡って改良を施すこととした。WRCの新レギュレーションでは、車両全幅がこれまでの1,770mmから30mm拡大し、最大1,800mmとなるため、『ランサーWRC05』は、従来型に対しフロントおよびリアフェンダー、リアクオーターパネル、バンパーなどの形状変更を行う。外観上は、それほど大きな差異ではないが、挙動安定性の向上に大きく寄与するものと考えている。

三菱自動車は拡幅に伴う改良で、『ランサーWRC05』に長尺のサスペンション・リンクやドライブシャフトを採用すると同時に、アップライトにも改良を加え、サスペンション・ジオメトリーの最適化を図った。サスペンションも新たに設計し、既に2004年10月に開催された「ラリー・スペイン(カタルニア)」へのテスト参戦で使用したターマック(舗装路)用ダンパーは、『ランサーWRC05』のワイドボディ化を見据えてデザインしたものであった。三菱自動車では更にグラベル(未舗装路)用のサスペンションについても、アップライトとダンパーを新ジオメトリーに対応させるべく開発を進めている。

ボディについては、2005年3月に開催予定の「ラリー・メキシコ」までに軽量性を維持しながら、更に剛性を向上させる計画であり、マシン・セットアップの自由度が高まるとともにより精妙なチューニングが可能になると考えている。

『ランサーWRC05』に搭載するエンジンは、従来同様、ランサーエボリューションなど市販車で好評の4G63型2.0L DOHCインタークーラーターボエンジンをベースにしたもので、1月の「モンテカルロラリー」から新型ウェストゲートとアンチラグバルブを採用する。これらのパーツはエンジン・マネージメントの改良との相乗効果で大幅なエンジン性能の向上とチューニングの精密化に繋がる。更にターボチャージャーの性能向上についても模索しており、評価次第で、年内にもホモロゲーション申請する可能性がある。

『ランサーWRC05』のエンジンについてテクニカルディレクターのマリオ・フォルナリスは「あらゆる状況下で、エンジン性能を限界域まで追求することができるようになりました。現在は、モンテカルロラリーに向け、本当の意味で限界ギリギリを追求するファインチューンを行っています」と語った。

新たに採用するセミオートマチックのギアボックスとクラッチは、すでにテストでも充分な成果が確認され、ステアリングホイールに装着された"パドル"を介してクラッチ操作レスのギアシフトを行うこととなる。一方、アクティブセンターデフについては1月「モンテカルロラリー」での実戦投入を目指して鋭意開発を進めてきたが、さらなる性能向上を視野に3月の「ラリー・メキシコ」から投入する可能性も高い。なおフロントおよびリア用アクティブ・デフは、2006年シーズンから使用禁止となるため、2005年第1四半期の開発状況により、今後の装着要否の判断を下す計画で、トランスミッションのギア比の改良についても4月に開催予定の「ラリー・ニュージーランド」を目処に1速、3速、4速の各ギアのハイギアード化を検討している。

「6月末までにランサーWRC05の開発を完了させ、いよいよ結果を出すことに集中します。願わくば表彰台フィニッシュを達成し、2006年の本格的なタイトル挑戦に向けた足がかりとしたいですね」とマリオ・フォルナリスは語った。

なお、『ランサーWRC05』の大きな変更点として、ピレリ製タイヤの採用も上げられる。タイヤメーカーの変更について、フォルナリスは「すでにピレリとのテストを開始しており、彼らのプロフェッショナルなアプローチと設備には嬉しい驚きを感じています。現在はタイヤの特性を学習しているところですが、『ランサーWRC05』とのマッチングを図り、そのパフォーマンスをフルに引き出そうとしています。これまでのテスト結果を見ると、ピレリ製タイヤには大きなポテンシャルがありそうです。パートナーシップ精神の下、三菱自動車はピレリタイヤの長所を活かす一方で、ピレリに対し、我々のテストデータをフィードバックすることでタイヤの進化に貢献できると思っています。タイヤメーカーと協業してタイヤの開発を行えることは、三菱自動車WRCチームにとっても非常に重要なポイントとなるでしょう」と語った。



2005年WRC ドライバープロフィール - ジル・パニッツィ

生年月日: 1965年9月19日
国籍: フランス
住居地: モナコ
主な戦績:
1988: ラリーデビュー
1989: フランス国内「ヤングドライバーオフザイヤー」に選ばれる
1992: フランスPeugeot 309 GTi Cup優勝
1995: フランス F2-選手権3位
1996: フランスラリー選手権チャンピオン
1997: フランスラリー選手権チャンピオン
1999: WRC参戦 サンレモラリー(イタリア)2位、グレートブリテンラリー7位
2000: WRC 選手権7位
ツール・ド・コルス(フランス)、サンレモラリー(イタリア)優勝
2001: WRC 選手権8位
サンレモラリー(イタリア)優勝
2002: WRC 選手権6位
ツール・ド・コルス(フランス)、カタルニアラリー(スペイン)、サンレモラリー(イタリア)優勝
2003: WRC 選手権10位
カタルニアラリー(スペイン)優勝
2004: WRC 選手権13位
* 全てのリザルトのコ・ドライバーはエルベ・パニッツィ

2005年WRC コ・ドライバープロフィール - エルベ・パニッツィ

生年月日: 1967年7月13日
国籍: フランス
住居地: Cap Martin (フランス)
主な戦績:
1988: ラリーデビュー
1989: フランス国内「ヤングドライバーオフザイヤー」に選ばれる
1992: フランスPeugeot 309 GTi Cup優勝
1995: フランス F2-選手権3位
1996: フランスラリー選手権チャンピオン
1997: フランスラリー選手権チャンピオン
1999: WRC参戦 サンレモラリー(イタリア)2位、グレートブリテンラリー7位
2000: WRC 選手権7位
ツール・ド・コルス(フランス)、サンレモラリー(イタリア)優勝
2001: WRC 選手権8位
サンレモラリー(イタリア)優勝
2002: WRC 選手権6位
ツール・ド・コルス(フランス)、カタルニアラリー(スペイン)、サンレモラリー(イタリア)優勝
2003: WRC 選手権10位
カタルニアラリー(スペイン)優勝
2004: WRC 選手権13位
* 全てのリザルトのドライバーはジル・パニッツィ

2005年WRC ドライバープロフィール - ハリ・ロバンペラ

生年月日: 1966年4月8日
国籍: フィンランド
住居地: Jyväskylä(フィンランド)
主な戦績:
1989: ラリーデビュー
1993: フィンランドラリー選手権 グループNチャンピオン
1995: フィンランドラリー選手権 チャンピオン
1996: 世界2リッター選手権 チャンピオン (for Makes)
1997: 世界2リッター選手権 チャンピオン
1998: 世界2リッター選手権 チャンピオン
サファリラリー総合5位、グレートブリテンラリー総合6位
1999: モンテカルロラリー7位、サファリラリー5位、チャイナラリー5位、グレートブリテンラリー3位
2000: ラリー・ポルトガル4位、ラリー・フインランド3位
2001: WRC 選手権5位(スウェデッシュラリー優勝、アクロポリスラリー3位、
サファリラリー2位、ラリー・フィンランド4位、ラリー・ニュージーランド3位、
ラリー・オーストラリア6位、グレートブリテンラリー2位)
2002: WRC 選手権7位(スウェデッシュラリー2位、キプロスラリー4位、アクロポリスラリー4位、
サファリラリー2位、ラリー・ニュージーランド2位、ラリー・オーストラリア2位)
2003: WRC 選手権7位(ラリー・アルゼンチン4位、ラリー・アルゼンチン4位、
アクロポリスラリー6位、キプロスラリー2位)
2004: WRC 選手権8位(ラリー・ニュージーランド5位、アクロポリスラリー3位、
ラリー・アルゼンチン5位、ラリー・ジャパン6位、グレートブルテンラリー6位、
ラリー・オーストラリア2位)

2005年WRC ドライバープロフィール - リスト・ピエティライネン

生年月日: 1963年7月25日
国籍: フィンランド
住居地: Jyväskylä(フィンランド)
主な戦績:
1998: ハリ・ロバンペラのコ・ドライバーとしてラリーデビュー(ラリー・ポルトガル)
世界2リッター選手権アクロッポリスラリー、ラリーニュージーランド優勝、
グレートブリテンラリー総合6位
1999: モンテカルロラリー7位、サファリラリー5位、チャイナラリー5位、グレートブリテンラリー3位
2000: ラリー・ポルトガル4位、ラリー・フインランド3位
2001: WRC 選手権5位(スウェデッシュラリー優勝、アクロポリスラリー3位、
サファリラリー2位、ラリー・フィンランド4位、ラリー・ニュージーランド3位、
ラリー・オーストラリア6位、グレートブリテンラリー2位)
2002: WRC 選手権7位(スウェデッシュラリー2位、キプロスラリー4位、アクロポリスラリー4位、
サファリラリー2位、ラリー・ニュージーランド2位、ラリー・オーストラリア2位)
2003: WRC 選手権7位(ラリー・アルゼンチン4位、ラリー・アルゼンチン4位、
アクロポリスラリー6位、キプロスラリー2位)
2004: WRC 選手権8位(ラリー・ニュージーランド5位、アクロポリスラリー3位、
ラリー・アルゼンチン5位、ラリー・ジャパン6位、グレートブルテンラリー6位、
ラリー・オーストラリア2位)

2005年WRC ドライバープロフィール - ジャン-ルイジ "ジジ"・ガリ

生年月日: 1973年1月13日
国籍: イタリア
住居地: Livigno(イタリア)
主な戦績:
1994: ラリーデビュー
1998: プロダクションカー世界ラリー選手権 6位 *
サンレモラリー(イタリア) グループN 優勝
1999: プロダクションカー世界ラリー選手権 7位 *
サンレモラリー(イタリア) グループN 優勝
2000: プロダクションカー世界ラリー選手権 7位 *
サンレモラリー(イタリア) グループN 優勝
2002: ジュニア世界ラリー選手権 7位
2004: ラリー・フィランンド グループN 優勝 *
サルディニアラリー(イタリア) グループN 優勝(総合6位) *、
カタルニアラリー(スペイン) 総合7位 **
* 三菱ランサーエボリューション(グループN)
** 三菱ランサーWRC04(ワールドラリーカー)

2005年WRC ドライバープロフィール - グイド・ドゥアモーレ

生年月日: 1971年12月24日
国籍: イタリア
住居地: Costa d' Ognelia
主な戦績:
1994: ラリーデビュー
1998: プロダクションカー世界ラリー選手権 6位 *
サンレモラリー(イタリア) グループN 優勝
1999: プロダクションカー世界ラリー選手権 7位 *
サンレモラリー(イタリア) グループN 優勝
2000: プロダクションカー世界ラリー選手権 7位 *
サンレモラリー(イタリア) グループN 優勝
2002: ジュニア世界ラリー選手権 7位
2004: ラリー・フィランンド グループN 優勝 *、
サルディニアラリー(イタリア) グループN 優勝(総合6位) *、
カタルニアラリー(スペイン) 総合7位 *
* ジャン-ルイジ "ジジ"・ガリのコ・ドライバーとして


三菱自動車 FIA世界ラリー選手権(WRC)における栄光の軌跡

三菱自動車は1962年の「マカオグランプリ」に『三菱500』で初参戦し、国際的なモータースポーツ活動への取り組みを開始した。それ以降、世界ラリー選手権(WRC)やクロスカントリーラリーになどのラリー活動に精力的に取り組み、その分野のモータースポーツで圧倒的な力を発揮し、自動車業界はもとより、多くの一般ユーザーに対して大きな影響を与え続けてきた。

三菱自動車の世界ラリー選手権活動では、トミー・マキネンが1996年から1999年まで前人未踏の4年連続ドライバーズタイトル獲得をしている。また1998年には併せてマニュファクチャラーズタイトルを勝ち取り、世界ラリー選手権での完全勝利を達成した。三菱自動車は1974年の「サファリラリー」における初優勝から2002年までに世界ラリー選手権で合計34のラリーで勝利をおさめ、同選手権が創設された1973年以降、参戦マニュファクチャラー20社の中でも6番目に多い優勝回数を誇る。

また世界ラリー選手権のトップカテゴリーであるワールドラリーカーと比べ、改造範囲が限られ、より市販車に近い状態で競技されるグループNのカテゴリーでも三菱自動車は卓越した記録を残している。世界ラリー選手権のグループN(現在のプロダクションカー世界ラリー選手権=PWRC)では1995年から2001年まで7年連続で「ランサーエボリュ-ション」が同クラスを制した。また過去5度に渡りタイトルを獲得した、アジアパシフィック選手権も三菱自動車のモータースポーツ史に大きな功績を残している。2004年FIAプロダクションカー世界ラリー選手権(PWRC)でも、ランサーは全7戦中6勝を記録した。

1962年の「マカオグランプリ」参戦後、1967年に三菱自動車は『コルト1000F』でオーストラリアの「サザンクロスラリー」に参戦し、インターナショナルラリーへのデビューを果たした。そして1972年の「サザンクロスラリー」で『ギャラン』を駆るアンドリュー・コーワン(後のラリーアートヨーロッパ創設者で現MMSP LTD相談役)が三菱自動車初となるインターショナルナルラリーでの優勝を飾った。

翌1973年の「サザンクロスラリー」で初代『ランサー(1600 GSR)』をデビューさせ、1976年まで、三菱車5連覇、ランサーで4連覇という大きな成功をおさめた。また1973年の「サファリラリー」に『ギャラン』で参戦し、三菱自動車の世界ラリー選手権への挑戦が始まった。そして1974年の「サファリラリー」で、ケニア人ドライバー、ジョギンダ・シンの駆る『ランサー』が優勝し、同社の世界ラリー選手権初の勝利を得たのである。また、1976年の「サファリラリー」では、シンとロビン・ウリヤテとアンドリュー・コーワンの駆る3台の『ランサー』が1位〜3位まで表彰台を独占した。

三菱自動車のモータースポーツ活動は、他の多くの自動車メーカー同様、世界レベルで発生した石油ショックにより、一時中断を余儀なくされたが、1981年の世界ラリー選手権に2.0Lターボエンジンを搭載した『ランサーEX』でカムバックを果たした。『ランサーEX』は3年間参戦し、その後、三菱自動車のラリー活動は1983年の『スタリオン』に、そして『ギャランVR4』へと引き継がれた。『ギャランVR4』は、アジア・パシフィックラリー選手権でも活躍し、1988年に篠塚建次郎が、1991年と92年にロス・ダンカートンが同選手権のタイトルを獲得している。

1993年は『ランサー』復活の年であった。『ランサーエボリューション』のWRCにおける輝かしい歴史の始まりである。『ランサーエボリュ-ションIII』は1995年のアジア・パシフィックラリー選手権(APRC)でドライバーとマニュファクチャラー部門のタイトルを獲得し、世界ラリー選手権においては1996年には「スウェディッシュラリー」で2年連続優勝を達成した。フィンランド人ドライバーのトミー・マキネンとイギリス人ドライバーのリチャード・バーンズはその後ケニアのサファリラリーとアルゼンチンラリ-、ニュージーランドラリー、フィンランドラリー、そしてオーストラリアラリーで優勝を飾った。またトミー・マキネンは、この年から1999年まで4年連続で世界ラリー選手権のドライバーズタイトルを獲得しており、まさに1996年は『ランサーエボリューション』の飛躍の年であった。

1997年のFIAの規定改定により、ワールドラリーカーが誕生した。しかし三菱自動車は、改造範囲の限られるグループAカテゴリーの『ランサーエボリューション』で参戦を続けることを決めた。この年トミー・マキネンはポルトガル、スペイン、アルゼンチン、そしてフィンランドと計4つのラリーで勝利をし、2年連続のドライバーズタイトルを獲得している。

1998年は更に大きな規定改定が実施された。1/10秒刻みの計測の導入である。新型となる『ランサーエボリューションV』は4月のカタルニヤラリーでデビューし、すぐに表彰台の一角を占めた。マキネンが3位にそしてバーンズが4位に入賞したのである。『ランサーエボリューションV』最大の特長は拡幅された外観だが、これは新たにワールドラリーカーの規定で認められた最大幅の利点を最大限に活用したものである。また優れた電子制御技術ときめ細かく調整したサスペンションにより、舗装路での性能を向上するとともに、あらゆるラウンドでのメンテナンス性の向上を実現した。この年、トミー・マキネンはWRCで5勝し、3年連続となるドライバーズタイトルを得て、リチャード・バーンズの2勝と合わせ、三菱自動車初のマニュファクチャラーズタイトルを獲得した。

1999年は1月の「モンテカルロラリー」に『ランサーエボリューションV』で参戦、同ラリー5年連続優勝の偉業を達成した。そして次の「スウェディッシュラリー」で新型の『ランサーエボリューションVI』がデビューしたが、『ランサーエボリューションVI』は初戦から優勝を決めている。なお『ランサーエボリュ-ションVI』は、先代の『エボリューションV』を改良した派生車だったが、FIAのレギュレーション上では、三菱自動車初のワールドラリーカーとして承認されている。この年マキネンとバーンズはWRC全14戦中7戦で優勝し、マキネンが4年連続ドライバーズタイトルを獲得し、バーンズはわずか7ポイント差でドライバーズポイント2位となった。
このFIAの承認上ではワールドラリーカーとされた車両の開発は、2000年の「ランサーエボリューション6.5」として知られる車両まで続けられた。しかし2000年はモンテカルロラリーでの優勝以後、三菱自動車にとって厳しいシーズンとなった。

『ランサーエボリューションVI』のリヤ車体構造とフライホイールの改良をFIAから許可された2001年は良いスタートが切れた。この『ランサーエボリューションVI』はモンテカルロラリーで優勝し、三菱自動車にとって名実ともに初となるワールドラリーカー『ランサーエボリューションWRC』がサンレモラリーでデビューするまで参戦した。この年、マキネンは4つのラリーで優勝したが、WRCの競争は厳しく、スバルに移籍したかつてのチームメイト、リチャード・バーンズが新型インプレッサで2001年のドライバーズタイトルを獲得。マキネンと三菱自動車はそれぞれ、ドライバーズポイント、マニュファクチャラーズポイントで3位に留まった。

2002年は三菱自動車にとってさらに厳しい年となり、最終的には翌2003年の世界ラリー選手権活動の休止を決定するに至った。三菱自動車は2002年11月に、新しいモータースポーツ統括会社MMSP GmbHの設立。このMMSP GmbHは三菱自動車のグローバルなモータースポーツ活動の推進を担っている。

2004年のWRCシーズンは、またしてもチャレンジングな年となり、8月のラリー・ドイツ終了後、三菱自動車は、9月に母国、日本で初めて開催された「ラリー・ジャパン」から再び一時参戦活動を休止し、ランサーWRC04の更なる開発と熟成に特化した。そして、シーズン終盤に開催された「ラリー・スペイン(カタルニア)」には、ジル・パニッツィ、ダニエル・ソラ、ジャン‐ルイジ・ガリの3台体制で臨み、ソラとガリが6、7位とポイント圏内でフィニッシュし、一時休止による開発への特化が身を結びつつあることを鮮明に印象づけた。

2005年は、1月下旬の第1戦モンテカルロラリーから世界ラリー選手権が開幕する。三菱自動車はランサーWRC05で、優勝を狙えるポジションを目指していく。