プレスリリース
全て
企業
新車
モータースポーツ
モーターショー



DATE 2003年10月09日
三菱自動車モータースポーツの新たな挑戦

1962年マカオグランプリに『三菱500』で初挑戦以来、三菱自動車のモータースポーツ活動は世界ラリー選手権(WRC)とクロスカントリーラリー(CCR)において数々の輝かしい栄光の軌跡を残してきた。そして、2004年は、三菱自動車のモータースポーツ活動にとって新たな挑戦の年となる。
 
三菱自動車は2002年11月、世界ラリー選手権とクロスカントリーラリーをはじめとする三菱自動車のモータースポーツ活動全てに責任を持つ三菱自動車の統括会社MMSP GmbH(社長スヴェン・クワント/以下MMSP )を設立、モータースポーツ活動全体にわたる再構築を図り、2004年WRCに、新型『ランサーWRC(ワールドラリーカー/以下WRカー)』でWRC復帰を果たす。

MMSP は2003年WRC活動を休止してWRCチーム活動を再構築するにあたり、世界中からエンジニアや技術エキスパートを結集、強化・増員を図った。WRCチームの拠点、英国ラグビーではMMSPテクニカル・ディレクター、マリオ・フォルナリスの指揮の下、エンジン、トランスミッション、サスペンション、エアロダイナミック、さらに新しい車体など、『ランサーWRカー』は大きく変貌をとげている。すでに新型『ランサーWRカー』は風洞実験を終え、2004年WRC開幕戦のモンテカルロラリーデビューに備えた集中的なテストプログラムの段階に入っている。現在チーム一丸となって、精力的な開発を続けているが、クワントはWRCトップクラスの競争について現実的で、結果を出すには時間が必要と見ている。

「2004年の目標はチームとして結束すること、新しいパーツで造られている信頼性の高いマシンを造ることだ。『ランサー』は新しいWRカーとして生まれ変わる。2004年シーズン後半には競争力がついてくるだろう。マシンの仕様は、シーズン中に変わる事はあまりないだろうが、大事なことは信頼性。不安材料を見つけて、それを順次取り除くことだ。2005年には本当の意味で他のマシンに対抗できるようになるだろう。」とクワントは語った。

2004年WRCが従来の14戦から16戦に増えることについては「WRC初開催となるジャパンラリーをとても楽しみにしている。メキシコも同様だ。この二つのラリーは明らかに私たちにとっても、重要なイベントになるだろう。メキシコは米国のマーケットにとても近い。たくさんの人が興味を持つと私は思っている。」

「コンペティションにおいては、どこのワークスチームも勝つのがさらに難しくなるだろう。自分たちのマシンを造り上げ、WRCを闘いながら、開発を進めるのだから、タフきわまりない。イベントが密接しているということは組織力が必要となるだろうし、以前よりさらに関係車両の空輸も増えるだろう。しかし私はこのチームに自信を持って臨みたい。」と、クワントは語った。

一方、フランス中部のボン・ド・ボーに拠点を置くクロスカントリーラリー・チームは2004年ダカールラリー、2004年のFIAクロスカントリーラリー・ワールドカップ、またバハ・トロフィーのシーズン開幕に向け、『パジェロエボリューション』と『パジェロ』の開発に向けて精力的に活動を行っている。

戦いはすでにはじまっており、4年連続、通算9度目の総合優勝を狙う「ダカールラリー(2004年1月1日スタート)」の実戦テストに向け、今年10月のワールドカップ最終戦「UAEデザートチャレンジ2003」に参戦する。「ダカールラリーは、FIAワールドカップの一戦でなくなってしまったが、いまだに優勝することが最も高く評価されている価値のあるイベントであるには変わりはない。」とクワントは語る。
 
FIAクロスカントリーラリー・ワールドカップはヨーロッパ、北アフリカ、南アメリカとUAEで8戦あり、またバハ・トロフィーはイタリア、ポルトガル、ギリシャとスペインで、ワールドカップと共催の3戦を含め、年間5戦が行われている。2003年シーズンは現在、三菱ラリーアートポルトガルから『L200(日本名:ストラーダ)』で参戦しているカルロス・スーサがワールドカップで2位、バハ・トロフィーで首位におり、それぞれ初の年間タイトル獲得に挑戦している。

2004年に向けた最後の数ヶ月は、三菱自動車のモータースポーツ活動にとって、数多くの挑戦に満ちている。新型『ランサーWRC(WRカー)』は、2004年世界ラリー選手権開幕戦の「モンテカルロラリー」に向け、着々と開発テストを進めており、CCRチームは2004年「ダカールラリー」に向け、最終調整に入っている。そして2004年は三菱自動車にとって、さらに大きな挑戦の舞台となる。





MMSP GmbHについて

三菱自動車は、世界ラリー選手権(WRC)とクロスカントリーラリー(CCR)をはじめとする三菱自動車のモータースポーツ活動全てに責任をもち、チーム運営と戦略を司る統括会社として、MMSP GmbH(MMSPはMitsubishi Motors Motor Sportsより命名/社長スヴェン・クワント)を2002年11月、ドイツ フランクフルト近郊のトレバーに設立した。MMSPは2003年夏に正式に組織化され、以下の6つの主要な活動を行う。

○MMSPが直接実施する活動
1.世界ラリー選手権(WRC)
2.ワールドカップ・クロスカントリーラリー(CCR)
3.モータースポーツ車両開発

○ラリーアートを通じて行う活動
4.ランサーカスタマーカーとパジェロカスタマーカー
5.高性能市販車両の開発(ハイパフォーマンス・カー)
6.付属品(アクセサリー)、販売促進、サービス

MMSPのWRCチーム活動は、英国バーミンガムとシルバーストーンサーキットの間に位置する街、ラグビーに拠点を置く。一方、クロスカントリーラリー(CCR)チームの活動拠点は、フランス中部の街、ボン・ド・ボー。MMSPはWRC、CCR両方のプログラムに参戦する出場車両の設計、開発、運営の全責任を負い、ドライバーやコ・ドライバー(ナビゲーター)との契約交渉にも責任を負うことになる。さらに米国における三菱自動車のラリー活動にも取り組んでいく。

MMSPは英国のWRCチームとフランスのCCRチームの間においてラリーで培ったノウハウを相互交流させることで、さらなる技術開発向上を目指しており、トミー・マキネンの4年連続WRCドライバーチャンピオン獲得に貢献した、前WRCチームのチーフエンジニア、ベルナール・リンダウアーは、CCRチームの開発エンジニアとして手腕を振るっている。

またMMSPの発足により、ヨーロッパの様々なラリーアートが統合する。ドイツ、フランス、イタリア、そしてスペインにあるラリーアートのオフィスは従来どおり、三菱自動車のユーザー向けの窓口として留まる一方、ラリーアートを通じた一般ユーザーによるモータースポーツ活動支援とアクセサリー類も管理する。

MMSPは、本社のあるドイツでスペアパーツを製造し、カスタマーに供給する。また、三菱自動車の開発部門(岡崎)とMMSPの共同開発により、ヨーロッパのユーザーをターゲットとしたハイパフォーマンス・カー開発の責任も担う。





三菱自動車2004年WRC、ドライバーラインナップ


三菱自動車は2004年世界ラリー選手権(WRC)に参戦する新型『ランサーWRC(WRカー)』のセカンドカーのドライバーの1人としてクリスチャン・ソルベルグ(25才・フィンランド)を起用する。これにより、今年8月に契約したジル・パニッツイ(37才・フランス)を加えた新しいドライバーラインナップと新型『ランサーWRC(WRカー)』で、2004年FIA世界ラリー選手権(WRC)に復帰する。

WRC若手ドライバー期待の星のソルベルグは1997年にラリーデビュー、その後『ランサーエボリューション(グループN仕様)』で、多くのラリー経験を積み、2002年WRCプロダクションカー選手権ではドライバーズポイントで2位となる。2003年は三菱のWRカーに乗り、WRCに数戦テスト参戦している。

「三菱のワークスチームに入れて非常に嬉しい。新型『ランサーWRC(WRカー)』でいい結果を出せるよう、チームに貢献をしたい」とソルベルグは語った。

MMSP社長のクワントはWRCドライバーについて、次のように語った。「パニッツイは経験豊かだし、優秀なテストドライバーでもある。一方、ソルベルグは今年、すばらしい走りを見せてくれた。彼はオールラウンドドライバーとして大いに期待している。セカンドカーにはソルベルグ以外にも若手ドライバーを何名か出場させる計画でいる。シーズンの終盤戦は、おそらくその中で一番いい成績を残した者がより多くのWRCに参戦できるようになるだろう。」


□ ジル・パニッツィ プロフィール

氏名: ジル・パニッツィ(GILLES PANIZZI)
国籍: フランス
生年月日: 1965年9月19日
出身地: Rocquebrune Cap Martin (south of France)
家族構成: 妻 Michèle、娘 Salomé
居住地: Monaco
経歴: 世界ラリー選手権(WRC) 6勝
  WRCデビュー: 1990年 モンテカルロラリー
  WRC初勝利: 2000年ツール・ド・コルス主な戦績:
 
2002: WRC 11戦 参加
3 勝 (Corsica, Catalunya, Sanremo), WRCドライバーズタイトル6位
2001: WRC 9 戦 参加
1 勝 (Sanremo), 2位2回(Catalunya & Corsica)
2000: WRC7戦 参加
2 勝 (Corsica & Sanremo) WRCドライバーズタイトル7位
1999:  WRC4戦 参加
2位 (Sanremo) 7位(Great Britain)
1998: WRC 6戦 参加(プジョースポーツワークス4戦、他2戦)
4位(Corsica)、ヨーロッパ選手権Rally El Corte Ingles 優勝
1997: フランスラリー選手権チャンピオン獲得
WRC 3位(クラス優勝)×2回 (Catalunya & Corsica)
1996: フランスラリー選手権チャンピオン獲得
1995: フランスラリー選手権3位獲得
1994: PEUGEOT SPORT 公認ドライバーとなる
1993: プロドライバーに転向、WRC the Tour de CorseにPeugeot 106 Gr.Aで プロ初参戦
Rally du Var で総合3位
1992: "VOLANT PEUGEOT SHELL" trophy 総合優勝
1991: "VOLANT PEUGEOT SHELL" Trophy参戦
1990: WRC初参戦(Monte Carlo/総合16位、クラス2位)
1989: 仏雑誌Echappement の "ESPOIR DE L'ANNEE"に選ばれる
1988: フランス南部で開催されるラリーに幾つか参戦
1987: Rally de Niceでラリー初参戦(総合23位)



□ クリスチャン・ソルベルグ プロフィール

氏名: クリスチャン・ソルベルグ(KRISTIAN SOHLBERG)
国籍: フィンランド
生年月日: 1978年2月15日
出身地: Espoo (Finland)
家族構成: 独身
居住地: Monaco
経歴: 世界ラリー選手権(WRC) 13戦参戦
  WRCデビュー: 2000年 フィンランドラリー
主な戦績:
2003: WRC 3戦参戦
ランサーエボリューションWRC2でテスト参戦
2002: WRC 7戦参戦
PWRCクラス2位2回(Germany、New Zealand)、PWRC選手権年間2位
2001: WRC 2 戦 参加
2000:  WRC 1戦 参加








三菱自動車2004年WRCチーム運営体制

2003年夏、ドイツ フランクフルト近郊のトレバーを拠点とするMMSP GmbH(以下MMSP)が本格的に稼働した。MMSPは世界ラリー選手権とクロスカントリーラリーをはじめとする三菱自動車のモータースポーツ活動全てに責任を持つ。

スヴェン・クワントが率いるMMSP により新たに結成された三菱自動車のWRCチームは2004年1月のFIA世界ラリー選手権(WRC)開幕戦「モンテカルロラリー」で復帰を果たす。

英国ラグビーにあるWRCチーム活動拠点(MMSP Ltd.)では、テクニカルディレクター、マリオ・フォルナリス指揮の下、車両のデザイン、エンジニアリング、開発を行う。三菱自動車は、エンジン開発・供給をはじめ、多大なサポートを引き続き行うことになるが、ラグビーでも電子系統、エンジン系統のより大規模な開発が行われることとなる。

ラグビーではフォーミュラ1を含むあらゆる形態のモータースポーツから集めた各分野のエキスパートによる精鋭スタッフが強力なチームを結成している。フォルナリスは、WRCチーム運営と、ここ数ヶ月でスタッフが87名から110名へと膨らんだWRCオペレーションの責任を担う。ラリー期間中はクワント、フォルナリス、デレク・ダウンシーが同社相談役のアンドリュー・コーワンのアドバイスを受けながら、現地拠点の運営を行い、ロジャー・エストラーザら3名のスペイン人エンジニアが現場でのサービス業務を担当する。


□三菱自動車2004年WRCチーム・マネージメント
スヴェン・クワント MMSP Gmbh 社長
Sven Quandt  
   
マリオ・フォルナリス MMSP Ltd マネージングディレクター
Mario Fornaris テクニカルディレクター
   
デレク・ダウンシー チームマネージャー
Derek Dauncey  







三菱自動車2004年ダカールラリー ドライバーラインナップ

1979年から始まったダカールラリー(通称パリダカ)の歴史において最も成功を収めているマニュファクチャラーのひとつである三菱自動車は、2004年パリダカに、4連覇、通算9度目の総合優勝を目指して強力なドライバーラインアップで挑む。

出場ドライバーは、2002年〜2003年にパリダカ2年連続で総合優勝し、次のパリダカで自身の3連覇を狙う増岡浩(43才)、そしてパリダカ2輪部門で6回優勝しているステファン・ペテランセル(38才、フランス)、そして1988年と89年に2年連続、世界ラリー選手権(WRC)チャンピオンのミキ・ビアシオン(45才、イタリア)の3名が『パジェロエボリューション』で参戦する。そしてドイツ人女性ドライバーのアンドレア・マイヤー(35才、ドイツ)が、クラインシュミットや増岡浩を世界の頂点に押し上げた名ナビゲーター、アンドレア・シュルツ(48才、ドイツ)とともに『パジェロ(T2クラス)』で参戦する。

「2003年同様、上位(1〜4位)独占という素晴らしい結果を出せるといいが、かつてないほどに厳しいパリダカとなりそうだ。特にモーリタニアで多くのステージがあるようなので、タフなラリーになる。ナビゲーターの役割がさらに重要となるだろう。」とMMSPのクワントは語る。

三菱自動車は1983年にパリダカ初参戦以来、8度の総合優勝を果たしている。その強みはドライバーの技術だけではない。クロスカントリーラリーでは無類のナビゲーションスキルが必要とされる。
 
三菱チームのナビゲーター層の厚さが、若手ドイツ人ドライバー期待の星、マイヤーの切り札となる。コンビを組むナビゲーターのシュルツは2001年に三菱ドライバーのクラインシュミットと共に優勝、さらに2003年には増岡を2度目の優勝へと導いた。シュツルの卓越したナビゲーションの経験とコンディションを判断する能力は、マイヤーの大きなアドバンテージとなることが予想される。

「私たちは強いチームを持っている。」とクワントは続けた。「増岡は明らかに経験豊かで速いドライバーだ。前大会同様ペテランセルと増岡の2人が激しいトップ争いをすることは間違いない。ビアシオンは、今回初めて『パジェロエボリューション』に乗るが、彼はコンスタントに信頼のおけるドライバーだ。マイヤーは主に他の3人のバックアップするかたちとなる。しかしシュルツのナビゲーション能力が彼女にとって大きなアドバンテージになるだろう。」

2004パリダカは1月1日フランスをスタート、同18日にセネガルの首都ダカールにゴールする。


□三菱自動車 2004年ダカールラリードライバー/コ・ドライバー
チーム1: 『パジェロエボリューション』
  ドライバー: 増岡浩 (Hiroshi Masuoka)
  コ・ドライバー: ジル・ピカール (Gilles Picard)
     
チーム2: 『パジェロエボリューション』
  ドライバー: ステファン・ペテランセル(Stephan Peterhansel)
  コ・ドライバー: ジャン-ポール・コトレ
     
チーム3: 『パジェロエボリューション』
  ドライバー: ミキ・ビアシオン (Miki Biasion)
  コ・ドライバー: ティツィアーノ・シヴィエーロ (Tiziano Siviero)
     
チーム4: 『パジェロ(T2クラス)』
  ドライバー: アンドレア・マイヤー (Andrea Mayer)
  コ・ドライバー: アンドレアス・シュルツ (Andreas Schulz)







三菱自動車2004年クロスカントリーラリーチーム運営体制

2003年夏、ドイツ フランクフルト近郊のトレバーを拠点とするMMSP Gmbh(以下MMSP)が本格的に稼働した。MMSPは世界ラリー選手権とクロスカントリーラリーをはじめとする三菱自動車のモータースポーツ活動全てに責任を持つ。

MMSP のクロスカントリーラリー(CCR)チームは、フランス中部、リヨン近郊のボン・ド・ボーにある前SBM社の建物に拠点(MMSP SAS)を置く。MMSPのCCRチームはFIAクロスカントリーラリー・ワールドカップとバハ・トロフィー、そしてダカールラリーに参加する『三菱パジェロエボリューション』、『パジェロ』の開発・設計の責任を担う。チームはドミニク・セリエスとエンジニアのティエリー・ビアルド、ベルナール・リンダウアーの指揮の下、運営される。
 
セリエス指揮するCCRチームは、CCR参戦車両のデザインと開発の責任を担うとともに、ジャン-マルク・ボネとともににワークス参戦するダカールラリー、FIAクロスカントリー・ワールドカップでの現地拠点運営も行う。

MMSPは、スヴェン・クワント指揮のもとフランスSBM社の買収を完了し、同社(MMSP SAS.に名称変更)をCCRチームの活動拠点とした。MMSPは、ここからFIAクロスカントリーラリー・ワールドカップをはじめ、ライバルがひしめく2004年ダカールラリーなどCCR活動全体の運営を行う。

□三菱自動車 2004年CCRチーム・マネージメント
スヴェン・クワント MMSP Gmbh 社長
Sven Quandt  
   
ドミニク・セリエス CCRチームディレクター
Dominique Serieys  

以上